高血圧
日本において高血圧は、喫煙と並んで、生活習慣病死亡に最も大きく影響する要因とされており、もし高血圧が完全に予防できれば、国内で年間10万人以上の人が死亡せずにすむといわれています。高血圧患者は軽度の方も含めると4000万人以上いると考えられており、それは20歳以上の国民のおよそ二人に一人は高血圧であることになります。もはや国民病といっても過言ではありません。しかし、高血圧患者のうち、少なくとも一度でも通院したことのある人は約50%前後とされ、わが国において50%ちかくの人が高血圧を放置していることを意味します。高血圧自体には自覚症状がほとんどないために、積極的に治療を行わない人が多いのが現状ですが、高血圧の治療を受けずに放置をすると動脈硬化が進行し、脳卒中や虚血性心疾患などを発症する可能性が高まります。そのため高血圧は「サイレントキラー」とも呼ばれています。
また、高血圧は大動脈破裂、急性大動脈解離などの重大な疾患や、慢性腎不全、認知症などの生活に大きな影響を及ぼす疾患の発症リスクも増加させます。
最近では、塩分過剰摂取の危険性が広く認識され、降圧剤の普及により脳卒中患者数は減少しています。それでも日本において、心疾患や脳卒中は依然として死因の上位を占めています。したがって、それらのリスクを高める高血圧は適切な治療を行っていくことが重要です。
日本高血圧学会の高血圧診断基準は下表の通りであり、診察室での収縮期血圧(最大血圧)が140mmHg以上、または拡張期血圧(最小血圧)が90mmHg以上の場合を高血圧と診断します。また自宅で測る家庭血圧の場合は、診察室よりも低い診断基準が用いられます。血圧の値によってⅠ度からⅢ度まで重症度分類されており、他の動脈硬化因子(脂質異常、喫煙、糖尿病、脳卒中の既往、心疾患の既往等)の有無と合わせて治療方針を決めていきます。
※高血圧治療ガイドライン2014を元に作成
高血圧の原因
高血圧の患者の9割程度は、遺伝的要因、ストレス、塩分の過剰摂取、喫煙、肥満などの生活習慣の乱れによって発症しているとされています。塩分の過剰摂取は高血圧を発症する特に主要な原因です。若年~中年男性では、肥満が原因の高血圧が増えており、また、飲酒、運動不足も高血圧の原因となります。
日本人の高血圧は特に食塩摂取の多さと、肥満・メタボリックシンドロームの増加が特徴となっています。
高血圧の原因の残り1割は、甲状腺や副腎の疾患などによるホルモン異常や、心疾患、睡眠時無呼吸症候群などが原因で起こる二次性高血圧と呼ばれるものです。生活習慣に問題がない方でも発症する可能性があります。二次性高血圧は通常の降圧薬が効きにくいことなどもあるため、原因疾患の治療が重要となります。
二次性高血圧の種類
原発性アルドステロン症
副腎からアルドステロンというホルモンが過剰分泌されている状態。二次性高血圧のほとんどを占め、高血圧以外に症状がない場合が多い
クッシング症候群
副腎、もしくは脳の下垂体が原因でコルチゾールというホルモンが過剰に分泌されるために起こる。高血圧の他に糖尿病、 肥満、皮下出血、多毛などの症状もみられることがある
褐色細胞腫
副腎や神経組織からカテコラミンという神経伝達物質が過剰に分泌されることで起こる。高血圧、動悸、 不安感、ほてりなどの症状がある
腎血管性高血圧
腎動脈が細くなることでレニンという血圧を調節するホルモンが過剰に分泌されることで起こる。若い女性では血管の炎症や血管壁の変化によって発生する場合が多く、中年以降では動脈硬化によって起こる場合が多い
腎実質性高血圧
糸球体腎炎や多発性腎嚢胞などの腎臓の疾患が原因となり血圧が上昇する
レニン産生腫瘍
腎臓の傍糸球体細胞腫や異所性レニン産生腫瘍からレニンが過剰に分泌されることで二次性高血圧をおこす。
甲状腺機能亢進症
甲状腺を刺激する異常な物質が血中および組織の中に存在するため甲状腺が活性化され、甲状腺ホルモンが多く分泌される病気で、バセドウ病やグレーブス病とも言われる。高血圧の他に頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加、びまん性甲状腺腫大などがみられる。
副甲状腺機能亢進症
何らかの原因により副甲状腺が腫大して副甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることによって高カルシウム血症をおこす。血圧上昇なども認められる。
先端巨大症
ほとんどの場合、脳の下垂体と呼ばれる器官にできる良性腫瘍が成長ホルモンを過剰に分泌することで起こる。症状は額、鼻、唇や下あごが大きくなる特徴的な顔貌と、手足など体の先端の肥大。思春期までに発症すると巨人症となる。高血圧、糖尿病、頭痛や視力・視野障害、いびき、多汗、関節痛、手の痺れなどの症状を伴う。
睡眠時無呼吸症候群
睡眠中の呼吸停止が原因で交感神経の緊張が過剰になって血圧が上がる。
血管性高血圧
大動脈狭窄症などの血管の異常が原因で血圧が上がる。
脳幹部血管圧迫
脳幹部の血管が圧迫されることにより、血圧調節中枢の異常をきたし、血圧が上がる
薬剤誘発性高血圧
痛み止め等に含まれる非ステロイド性消炎鎮痛剤、漢方薬に含まれる甘草(グリチルリチン)などにより惹き起こされる偽性アルドステロン症が多い。他にステロイド、交感神経刺激薬、抗癌剤やサプリメント、健康食品などが原因となることもあります。
その他、稀な遺伝疾患など
当院では二次性高血圧の鑑別目的として、治療の前に血中のホルモン量の測定や腹部エコー検査なども行っております。
高血圧の治療
生活習慣の改善
「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、成人男性で7.5g未満、成人女性で6.5g未満が目標とされ、日本高血圧学会は、高血圧患者における減塩目標を1日6g未満にすることを強く推奨していますが、WHO(世界保健機関)では5g未満/日と提唱しています。「令和元年 国民健康・栄養調査の概要」によると、日本人が1日に摂取している塩分量の平均値は、男性が10.9g、女性が9.3gと推奨値には遠く及ばない数値になっています。
塩分摂取量以外の生活習慣の改善も重要です。
- 野菜・果物の積極的摂取
- 飽和脂肪酸、コレステロールの摂取を控える
- 多価不飽和脂肪酸、低脂肪乳製品の積極的摂取
- 適正体重の維持(BMI25未満)
- 運動療法:軽度の有酸素運動を毎日30分または週180分以上行う
- 節酒:エタノールとして男性20~30mL/日、女性10~20mL/日以下
- 禁煙
など
当院では、患者さんが食生活等の生活習慣を改善できるよう、栄養士、看護師等スタッフ一丸となってサポートさせていただきます。お困りのことや疑問点があれば、どうぞお気軽にご相談ください。
降圧剤
高血圧の重症度分類と、リスク分類によって開始される降圧薬の投与量や薬剤数と、その後の治療強化ステップが変わります。血圧を下げるための降圧剤にはアンジオテンシンⅡ受容体措抗薬(ARB)、 アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、カルシウム(Ca)拮抗薬、利尿薬、 β遮断薬(αβ遮断薬を含む)の5種類があり、血圧が大きく変動すると体に大きな負担がかかるため、一般的には、単剤で開始し、降圧不十分な場合に薬剤を増量するか、作用機序の異なる降圧薬を少量で併用、それでも降圧不十分な場合は通常用量での併用、次いで3剤併用、4剤併用というステップで治療強化を行います。治療は患者さんの自宅での血圧値を確認しながら、徐々に薬剤の服用量や種類を調整し、目標値まで血圧を少しずつ下げていくことが重要です。
降圧剤を使用する場合、医師の指示に従って内服を継続し、血圧の平均値を基準範囲内に維持するよう努めましょう。血圧は気温などでも変化し、冬季には気温が下がることで血管が収縮し血圧が上昇しやすい傾向にあります。逆に夏の暑い季節は血管が拡張しやすく、多量の発汗による脱水や塩分喪失が起こり、血圧が低下する傾向があります。したがって、季節により降圧剤の内服量が変わることも珍しくありません。
収縮期血圧が100mmHg以下になることが頻繁な場合、降圧剤の減量について主治医と相談することをおすすめします。